新ジオラマプロジェクト メンバー紹介 【NMB48 山尾梨奈さん】
お互いに一度も顔を合わせない。それでも信じて支えあう人達がいる
絵空事だろうと殆どの人が指を差し笑う。間違いなくオレもその一人だった
だが、そんなオレは山尾梨奈さん(以下:やまりなちゃん)とジオラマのこども達に、その軟弱な精神をぶちのめされ敗北をすることになる
被災地からは多くのものが消えた。夢は無く、まるで童話の消えた森だった
こども達はジオラマを作った。恨み、悲しみ、喜び、そこにはいっぱいの感情があって。多くの出会いと別れが波のように繰り返された
2013年9月。今から5年前にジオラマは握手会のメンバーさんブースに設置され、そこでジオラマを通し、多くの素晴らしいメンバーさん達とこども達は出会った
朝から大勢のメンバーさんが訪れる中で、一人の研究生メンバーが何回も見学に来てくれた
「キバさん、あのメンバーは山尾梨奈だよ。一番グループで背が小さいからそこを覚えるといいよ」
誰かのためにプロジェクトのリーダー石原Pさんがオレにそう教えてくれた
当時のやまりなちゃんは18歳。ジオラマを嬉しそうに見て、それがこども達が作った事に驚き、そして自分も応援をしたいと笑顔で言ってくれた
やまりなちゃんはジオラマの構造や作ったこども達の心境を次々見抜いた。素晴らしいとオレは感動をしたのを覚えている
そこでやまりなちゃんにオレは言った
「いつか山尾さんにジオラマのデザインをこども達と一緒にやってほしい、そしてこども達を支えてあげて欲しい」と
やまりなちゃんはとても喜んで「はい!わたしにできることなら!」と頷いた
それ以降、やまりなちゃんはSNSなどでジオラマの投稿や情報があがる度に「見たよ!応援しているよ!」と足跡を残していった。こども達だけがそれに気づいていた
この関係は5年間、ずっと続けられた
こども達は鳴らないラジオを持ち、そこからやまりなちゃんの声がいつか届くと信じているようにオレは見えた
当時のNMB48のファンの子達は少なかった。それでも団結力があってジオラマに大きなNMB区画を作ったりと奮戦していた。ジオラマにはNMB研究生のシアターも作られた、こども達がやまりなちゃんへの感謝にとリクエスト聞いて製作したものだ
「いつかやまりなちゃんが来て、一緒にジオラマをつくるんだ」
「やまりなちゃんはきっと、来たらみんなのために頑張ってくれるよ」
そういってやまりなちゃんファンのこども達は笑った。いつも笑っていた
泣き言を言わない、そして絶対に泣かないがルール。離れた場所で頑張るやまりなちゃんに誓った約束だった
だが、こども達の夢は果たされることはなく。次々と家庭の事情から被災地を離れていった
やまりなちゃんには私達がいなくなる事を絶対に言わないで欲しい。キバさんはウソをついてでも、私達は元気だとやまりなちゃんを元気付けてあげてほしい。と去るこども達から頼まれ、オレはその任務を果たした
簡単な任務だが悲しかった。オレは無力でこども達とやまりなちゃんを会わせてあげられなかった
そんな日々が過ぎ、ジオラマをぜひ大阪のNMBチャリティーイベントに展示したい!とNMB48さんからお声がけを頂いた
これはチャンスだ・・!やまりなちゃんにジオラマを見せて、こども達が残した想いと再会させるチャンスだ!!オレは心が躍った
懐かしいこども達に連絡を取った、みんな元気で笑って「わかりました!指示をしますので、今のジオラマの子達にNMB48の作品を作ってもらうように頑張ります!」と言って、現地で頑張るジオラマのこども達に想いを託した
「わたしたちの色々な事とか、やまりなちゃんへの感謝はジオラマに託します」
そうして、新旧のジオラマの子達が力を合わせ、NMB48の大きな作品がジオラマに完成した。オレはジオラマの子達の想いを大阪まで運んだ
大阪のチャリティーイベントはなんとジオラマ見学者だけで5000人越えとなり、大盛況だった。そして多くのファンの人達が見に来てくれて、労いの言葉をかけてくれた。オレはこのときの人のあたたかさを一生忘れる事はない
だが、ここで大きな問題が発生した。会場ブースはメンバーさん達が時間毎に現れるんだが、ジオラマ展示は一般の開放ブースであり、セキュリティの問題からメンバーさんがジオラマを見に来るプログラムには入っていなかった
「すまんな。メンバーさんは。やまりなちゃんはジオラマを見にこれない」
こども達にそう現場から連絡をした。こども達は
「いいんですキバさん、ありがとうございます!気にしちゃダメだよ」
と返信をくれた。オレはこども達のラジオを鳴らせなかった
落ち込むオレの前に、誰かのためにプロジェクトのリーダー石原Pさんが会いに来てくれた。この日は撮影があり、ジオラマの展示も手伝ってくれていたのだ
話しを聞いた石原Pさんは笑って言った「ははは、それなら心配はいらないよ。オレはわかっているから、ずっとジオラマの物語をみてきたからね」
石原Pさんはそう言って、ジオラマブースの裏からやまりなちゃんを呼び込んだ
「お久しぶりです!見に来ました!」やまりなちゃんは元気良く挨拶した
やまりなちゃんは自分の決断で責任を負い、会場のルールを曲げてまでジオラマに会いに来た
5年間、一度も会う事のなかったこども達はジオラマに想いを託し、やまりなちゃんはルールより自分の決断でこども達を救う事を選んだ
ジオラマを通し、やまりなちゃんとこども達はようやく出会った
こども達がジオラマに込めた願いと想いを、やまりなちゃんは全て救った
こども達に伝言するよ、と言うオレにやまりなちゃんは
「動画で撮って下さい、そしてこども達みんなに届けて下さい!」と
明るく精一杯の愛がこもったメッセージ動画は去っていった子達、現地で頑張るこども達に流れ星のように届いた
ずっとこども達がいつか声が聞こえるだろうと信じて、心に持っていた鳴らないラジオから、その日やまりなちゃんの声が響いたんだ
メッセージ動画を見たこども達から返信が来た
「涙が。とまらないです」
やまりなちゃんを悲しませたくない、だから絶対に泣かない。それがルールだと決めて頑張ったこども達は、ようやく泣いた。それは悲しい涙じゃなかった
それから月日が経った
南三陸のジオラマプロジェクトを進める中で、次々と現地側からメンバーさんの希望があがった
その中で、デザイン力とセンスに優れたメンバーさんの力を借りたいと現地側から要望があがる。南三陸の皆さんが選んだメンバーさんの中に
NMB48 山尾梨奈さん
と名前があった。衣装のデザインやショールームでのお菓子作りなど、卓越したセンスとデザイン力を買われたのだ
オレは南三陸の担当さんに念を押した「このメンバーで、NMB48の山尾さんで間違いないですね?正直な話し・・・違うメンバーが良かったとか後でならないですよね?」
それに対して南三陸の担当者さんは強く言った
「いやいや、山尾さんじゃないとダメです!山尾さんのデザインと管理能力、そして西澤さんのスキルと合わせたらいい作品をデザインすると思うんですよ。それに山尾さんならこども達は幸せになる、喜ぶと思うんですよね。そして山尾さんが一番適任なことをキバさんとこども達は実はわかっているでしょう?」
こうして、南三陸町の新しいジオラマプロジェクトのメンバーにNMB48の山尾梨奈さんが選ばれる事になった
なお、もう一つの大きな理由としてやまりなちゃんのファンの方々が、京セラドームのジオラマ展示以降に遠い被災地沿岸と南三陸町に観光支援で継続的に訪れていたことも大きな理由だと、町の担当者の方が明かしてくれた
5月4日の南三陸訪問で始まる新ジオラマプロジェクト。こども達をずっと応援していたやまりなちゃんが、こども達が作った道を通ってようやく訪れる
新しい人達、新しいこども達、新しい場所、復興と発展
やまりなちゃんの持つ力が未来のために使われる日が来る
こども達の持つ心のラジオから、きっとまたやまりなちゃんの元気な声が響き渡ると、オレは信じているんだ
※画像は2013年9月のジオラマ展示会、2016年の京セラドームでの展示会から