戸賀崎智信

2014年9月13日の投稿とメンバーへのコメント

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戸賀崎智信   +1759 198
子供の笑顔が大人を笑顔にします。
きっかけは、夢のジオラマかもしれないけど、山田町をきっかけに、山田町から東北全体へ、そして、日本中へ、そこから世界へこのムーブメントが広がっていくことを想像しています。

そして、実現することを心から信じています。

皆、人は誰かのために生きているんだと思う。
マブリットキバ
戸賀崎さん達は町の人々やこどもたちの要望に応えるカタチでやってきた

現在の被災地の状況、これからの町の未来、
現実問題として町がおかれている状況はあまりにも過酷な道だ

2014年、国から市町村に渡る復興予算が前年から半分になった
来年はまたその半分だ。次の年はまたその半分になる
この計算だとつまりあと3年ほどで復興の予算はゼロになる予想だ

新しくなる町に様々な企業に参加してもらえるようにと
町の復興担当の方々は全力を尽くして声をかけて回った

しかし、企業の誘致にはある程度の人口がなければ進出できない
震災から人が減り、人口16000人ほどの山田町に
魅力を持った企業が進出してくれるという声はなかった

残った町の商店を一箇所に集める街づくり、それしか方法はない
しかしそれでは郊外の大型店舗のある町と競えることはできない

学習塾も無い、インターネットに対応する未来型の店舗などもない
新しくできる街づくりには足りないものが多すぎる、辛い現状だ
新しい街づくりに挑まねばならないのにイメージが出てこない

その中でこども達は笑顔で未来のジオラマを作り続けている
大きな夢と希望を与えるジオラマは現状の町と対照的だった

被災地はまず復旧、復興の状態であり、町民の暮らしを
安定させなければならない、それが現状で最優先するべきことであり
復興予算は全てそこに注がなければならない、それが当たり前だ

裏を返せば、復旧復興に必要な部分以外に予算は一切使えない
観光客を呼ぶ交流施設、観光施設の整備、外貨獲得の娯楽施設、
これらは町自体の収入となる大切な要素だが、そこに現段階で
使える予算は一切ない。町の復旧と復興が終わるまで進められない

店舗を出す方は国から補助がもらえる、しかし震災での負債とダメージを
抱えた企業や商店の方々は先行きに不安を感じ立ち上がることができない

「辛いのはここの我々だけじゃない、みんな同じだ。がんばらなければ」

と、地元商店の人達は魅力ある町にしよう、人に来てもらおうと
努力を毎日続けている、だが肝心の人が、観光客が来ないのだ
観光に魅力ある要素がなければ人が来ない、大きな悩みだ

そしてとても大きな問題がこの先に控えている

復興予算はあと3年ほどで打ち切られる予想があるということ

その先は各自の自助努力でやってくださいという事になる
いつかは自立する、それは誰でも当たり前で納得しなければならない

ここで町の人、こども達は別の事実を把握し震え上がった

ジオラマが置いてある「観光物産館とっと」は仮設の店舗だ
施設、設備は復興予算の中から緊急雇用枠としての補助対象
つまり、税金で補助を受けているので売り上げはすべて国に返却している

それがあと数年で無くなる。つまり施設も全て国に返さなければならない

雇用している人も失職する。手元に残るのはジオラマだけなのだ

では他に観光施設を作り展示場所を移せばということになる
だが、上記にあるとおり観光交流施設のために使える予算は一円もない

ジオラマの置く場所が無くなってしまう。
みんなの宝物がきえてしまうかもしれない

今まで笑顔で製作をしていたこども達に不安が広がった

「守らなければ」と観光協会の方々が動き出した
何としても、夢だけは、未来に繋がるものだけは残してあげたい
ちゃんとした施設を作り、こども達が目指したジオラマの町を
夢の町に繋がるという事を今こそ大人が行うべきだと

しかし、現実は甘くなかった。どこにも当てはない。
やるとしたら民間で、個人の力、つまり国ではなく民間でしかできない

観光協会の方や大人の方々は死力を尽くした、あと3年ほどしか
時間は無い。仮設の店舗への補助が打ち切りになれば
今現在、働いている人達は職を失ってしまう

だが町の方々は、それよりこども達の未来が失われてしまう
ファンの方々に支えてもらってきた事も無駄になってしまう事を恐れた

「メンバーのみんなに相談したらどうかな?」

こども達から声が上がったが、逆に心配をかけることになるかもと
こども達は気を遣い踏みとどまりメンバーさんに報告する事を避けた

「最後までメンバーの皆さんにありがとう!って言おうよ」

こども達の決断が辛かった。任期が終わったオレはまた無力だった

様々な町にある問題と苦難、こども達と町の人々の現状
それら事を戸賀崎さん達に話した。恥を忍んでのことだった

戸賀崎さん達は笑顔でオレの肩を叩いた

「言ってくれて良かった」

被災した町を3年半、見守り続けてくれた優しい笑顔だった

観光協会の方は相談する事を決めた。町の方々は少しでも
希望になるならばと3年半のお付き合いのある戸賀崎さん達
運営の皆さんに相談する事で活路を見出そうと決心したのだ

「こども達のつくったジオラマがあったから繋いでくれたんです」

戸賀崎さんは会議に臨み、真剣に今の現状を把握してくれた
戸賀崎さんだけではない、町の担当のみなさんも同じ気持ちだった

こうして新プロジェクトは始まった

誰もが目指した事のない未来のプロジェクト

こども達がせっせとメンバーの皆さんやファンのみんなと
作り続けたジオラマは今、大きな輪になって命を持とうとしている

こども達が笑顔で語ってくれた言葉が胸によぎって目頭が熱くなる

「このジオラマはね、夢が叶う不思議なジオラマなんだよ」
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